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時間の濃さ

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とあるポッドキャストで、こんな話があった。

例えば、80歳で死ぬ人、40歳で死ぬ人がいる。前者の生きている期間を基準とすると、後者は2倍の時間の濃さがある。ディズニーランドでの2時間待ちは、寿命が半分の人にとっては4時間ということ。

人はいつ死ぬかわからないから、その人が生きる時間の濃さは実際に死んでしまってからでしか測れないのだけど、これが事前にわかったらどうだろう。

死期を自分で設定して行動する人はさすがに滅多にいないと思うけど、これが技術の発展によって自分の死ぬ時期を認知することができるようになると、社会は何か変わるだろうか。大病を患って医者に余命X年ですと宣告されることは現実にあるし、そういう人は生き方が変わるよね。

仮に人々が自分の時間の濃さを認識した社会になったとして、時間の流れ方は皆に平等。ディズニーランドに並ぶ時に、時間の薄い人、つまり長く生きられる人は短い人に対して先に譲ったりすることが起こりうる。人と人のやりとりというよりは、何かシステム的に、暗黙的にそれが行われる社会。

そんな時代が来るのだろうかという問いに、実験国家でもなければ倫理的観点やそれぞれの国が築いてきた歴史がそうさせないだろう、と締めくくられた。

現実、トイレの行列でこのような仕組みが働いていないことからも、難しそうだ。

 

ショータ